校長その日その日
(7/24)「心」をコントロールできるように――1学期終業式
24日(金)、おかげさまで1学期終業式を迎えました。以下、高校生向けの講話ですが、中学生にもほぼ同内容でお話ししたものです。皆さんはどのように思われますか…?
<「心」をコントロールできるように>
皆さん座禅を組んだことがあるだろうか。
去る6月、中2の奈良京都の引率で、京都・建仁寺で座禅体験をした。
たかだか15分だが、慣れない姿勢で集中できない生徒がいたようだ。無理もないが、ご住職から静かにお叱りをいただいた。
「ただ座ることだけに集中する、なぜそれができない!?」
その後のことばも強烈。「目の前のことから逃げて、逃げて、逃げて…その先にいったい何が残る?」。私に鈍い重みを残した。
――座禅後、ご住職が優しくお話ししてくれた。
「座禅とは、心と体を一致させること。人間はもともと、心と体が別々になるようにできている。例えば災難・災害にあったときの苦痛から逃れるため」
「だがそれが災いして、自分を苦しめることもある。現に今「座禅、早く終わらないかな」と思っていないか?座禅をすることに集中しない、つまり心と体がバラバラだから辛く感じるのだ」
「若い皆さんは心がいろいろ動くのは当然のこと。だが大人になるにあたり、少しずつ心をコントロールできる大人になりましょう」――
なぜ座禅が心と体を一致させるのだろう? 帰校してから調べてみた。
東洋哲学では、お臍の下あたり(→壇上で指し示す)を「丹田たんでん」といい、人間の「気」が集まる重要なところとされる。
座禅の姿勢は、ふだんもっとも離れている両手足を「丹田」に近づけることで、真に気持ちを集中させるためだといわれている。※参考 鎌倉・円覚寺HP
1・2年生は高校生活に慣れてきた頃、3年生は受験勉強に本腰入れなくてはならない頃だ。
頭では勉強しなくてはならないと分かっているが、机を前して嫌だなとか、逆に高3の人は、何から手を付ければいいかと気持ちばかり焦ってしまう人もいるかもしれない。
どちらも心のコントロールが必要だ。
全く別の話で、「学校のルールは分かっているけど誰も見てないから…」と誘惑に負けたり、「SNSでこんなことを言ってしまった・自分のことが言われているような気がする」というのも、感情に負けている。
これも心のコントロールができていない。
ちなみに建仁寺のご住職は言っていた。「アーティストやプロスポーツ選手も座禅に来るが、完璧な座禅をしていく。心がコントロールできているからだ」
つまり成功する大人とは、「心をコントロールできる人」だといえそうだ。
皆さんはこれから高校生から大学生、と自由が認められていく分、立ちはだかる「関門」も大きくなる。いっぽう「自分で選んでそうなったんでしょ」という責任も持たされていく。
座禅を組みましょうとは言わないが、今のうちから、自分の心にフォーカスして、どうすれば自分の心がコントロールできるか、自分の考え方のクセはどういったところかを客観視できると、学校生活もスムーズになるだろう。
「心のコントロール」に関して最後に皆さんに役立つ話を2つ。
心理学的に「ズーニンの法則」。あることに4分間取り組めば脳内にドーパミンが分泌され、自然と集中が続くという。
「フロー体験」。自分の技量と挑戦する目標とが釣り合ったとき、時間がゆがむという。例えばスポーツで、相手の体やボールがゆっくり見えたりする、勉強していて気づいたら数時間経っていた、など。この状態は達成感や満足度が非常に高い。
一川誠さん※の著書『ぼくら大切なことに使える時間はもう、あまりないから』にあった。
※千葉大学大学院教授、実験心理学。/2025・SBクリエイティブ刊
心をコントロールして、皆さんぜひ充実した夏を過ごそう。
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(↓ 講話後の表彰にて)
