校長 その日その日

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2023/03/10

(3/10)「正義は信じがたい」―やなせたかし

10日(金)、生徒たちは後期期末試験2日目。朝のバスから降り立つ表情は、いつも以上に精悍です。

 

さて、ふと手に取った『アンパンマンの遺書』(やなせたかし著、岩波現代文庫)が胸に響きました。

 

やなせたかし氏(1919ー2013)は、パンを擬人化したキャラクターの原作者として知られます。

しかし本人は ”ずっと日陰の人生”、無名時代が長かったと回顧しています 。

 

戦争に出征し、中国で終戦を迎えたときすでに27歳。家族はもともと離散していたうえ、大切な弟さんも戦死していたことを復員して知ります。

しかも戦後、世の中の価値観はがらりと一変。

悟ったのが、

「ぼくは優れた知性の持ち主ではない。(中略)日本の戦争は聖戦で、正義の戦いと言われればそのとおりと思っていた」

「しかし正義の戦いなんてどこにもないのだ。正義は或る日逆転する。正義は信じがたい。ぼくは骨身に徹してこのことを知った」

これはやなせ氏の思想のもととなり、後にパンのキャラクターの原点にもなったと述懐しています。ただし生み出されるのはずっと後の、やなせ氏が50代になってからのこと。

 

氏はヒット作のない漫画家として、兼業しながら30年近い無名時代を送り、創作絵本の仕事が回ってきたのは1973年。その中の1冊として、かのキャラクター主人公の絵本を送り出します。(出版社内では「もう書かないでくれ」といわれるくらい不評だったという)

絵本のあとがきに書いたのが、

ほんとうの正義というものは、けっしてかっこうのいいものではないし、必ず自分も傷つくものです

「そういう捨て身、献身の心なくしては正義は行えません…」

相手が幼児という冷酷な批評者だからこそ、「子供だまし」ではない哲学的なメッセージを込めるよう心掛けたといいます。

 

10日は東京大空襲から78年、明日11日は東日本大震災から12年。ウクライナ情勢、トルコ大地震…先の見えない、やりきれない出来事が絶えません。

やなせ氏は草葉の陰から「自分が思ったことが、まだ繰り返されている」などと嘆いているでしょうか…。

 

献身の心。正義を振りかざすことへの批判精神。校訓「愛 知 和」にも通じ、私も教育を担う者として、生徒に伝えていきたいと思うとともに、

 

「才能に恵まれず、全ての点で中くらいのぼくにしては上出来である。幸運に恵まれたことを感謝している」(同書:やなせ氏が人生を顧みて)

享年94。先日卒業式で述べた「足るを知る」にも通じ、自分もこんな境地で人生を終えたいものだと感じました。